第1章

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 僕には歌の才能も知識もなく、音程やどの程度上手いかは判断つかない。分かることと言えば、ゆきは僕の好みそうな曲を歌っていて、声質も個人的に好きであった。  僕は最後まで聴かずに公園を去った。たぶん、終わりの方まで聴いていたと思う。去る時には声をかけなかった。練習の邪魔になるだろうし、親しい仲でもないからだ。  今日、少し会話した程度の仲。  僕は、初対面なのにずいぶん込み入った話をしたものだと笑い声を漏らした。不思議だった。  どうして、僕は少女のプライバシーに踏み込んでまで質問したのだろうか。  いつもの僕なら気にはしなかった。これから先、会うことがない人間の情報を得ようとしても無駄だからである。  そもそも声をかけたのがいつもの僕らしくなかった。  少女に興味があったんだ。ゆきの世界に対する接し方は僕にないものを持っている。花や犬、飼い主、歌に対する接し方や感じ方が僕とは違った。同級生や先生とも違う。  端的に言えば、良い子だ。僕の感覚でしかないが、良い子である。  長生きして欲しい。そう心から思う。  けれど、死んでしまうのかな。  三ヵ月後には遊べなくなる。ゆきの親が言っていた言葉だ。それが余命かは分からないけど、少なくとも体の自由が利かなくなるほど病状は悪化するのだろう。歌も歌えなくなるのだろうか。  僕はそこまで考えて、大変な事態に気づいた。鈍感で頭の悪い自分を恥じた。  発表会は四月。つまり半年後じゃないか。三ヵ月後に遊べなくなる人間が出られるのか。おそらく無理だ。  いや、全ては僕の憶測にすぎない。これ以上、考えるのはよそう。  けれど、もしも死んでしまうのなら、そんな酷い話はない。まだ、僕を身代わりにした方がいい。  彼女は良い子だ。  それに比べて僕は、頭も運動神経もだめ。人間関係も上手くいかず、今は虐められっ子だ。これといって優しい性格でもない。日々、自分への劣等感、人間関係、虐めから逃げているような男だ。当然、死ぬのも怖い。  僕の瞳に涙が溜まる。  そして、家路の途中、僕は立ち止まり手を合わせて拝んだ。  僕にできることと言えば、神頼みだけだった。  神様。僕は何一つ覚悟のない人間だ。だから、僕は死んでもいい。その変わり、神様、彼女の病気を治してほしい。お願いします。  その時だ。 「無理だ」  不意にどこからともなく声が聞こえた。
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