第1章

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 僕は頬を抓ってみるが、痛かった。夢ではないのだ。そして、深呼吸を数回行い、肩や首を動かして気持ちを落ち着かせる。冷静にならなければならない。  全てが本当だとして、僕は自分の人生が終わることを改めて決意しなければならない。何度も思ってきたことだ。自分の命などどうでもいい。  僕は息を少し大きめに吸って訊ねる。 「俺の命の代わりに病気を治す。できるんだな」  終始無表情な時空の神が答える。 「無理だと初めに言ったはずだ。良く考えればいい。お前の人生。それに比べ、ゆきの病気を治し、そしてそれからの残りの人生。どちらが大事なんだ?どちらが重い? お前の人生など軽い、軽い」  僕は眼を見開き、言葉を吐き捨てる。 「命は平等だろ? それでも神か? 願いを聞いてくれるんじゃないのか?」 「神ではないと何度言えば分かるんだ。そして、命を平等だと思っていないお前に言われたくない。私が来たのはお前の願いを手伝えると思ったからだ。それと、勘違いされると困るが、私にはもともと病気を治す力はない」  腹立たしさで恐怖心は薄くなり、時空の神を睨みつける。語気を強めに言う。 「手伝えるって何を」 「病気が治らないのなら、お前は何を願う。何を願うつもりでいた?」  質問を質問で返すとは余計、癪に障る。仕方ないと思いながら答える。 「治るのが無理なら……せめて、歌の発表会に出してあげたい。それが少女の目標なんだ」  時空の神の声のトーンが上がる。 「そこでだ。私にできることがある。別の世界にいるゆきの命をこの世界にいるゆきの命に分け与えることができる。そこにお前の軽い命は必要ない」  僕は理解できず眉間に皺を寄せて問う。 「別の世界のゆきってなんだ?」 「つまり、世界は一つじゃないのだ。世界は三十ある。宇宙が三十あるのだ。地球が三十あるのだ。それぞれの地球に、お前のようなお前がいるんだ。もちろん、ゆきも三十人いる。ただし、その三十、全てが全く同じものではない。僅かなずれがある。だから、三十というのはおよその話で、既に死んでいるゆきやお前もいるかもしれない。あと、名称も違う場合があるぞ」 「パラレルワールドってやつ?」 「そう考えて良い」 「もう一つの世界にいるゆきちゃんの余命をこっちの世界のゆきちゃんに与えるんだね」
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