透明だってさ

9/9
前へ
/9ページ
次へ
 透明になれたら、あの現場から逃げていた。その力を自在に操れたら、すぐに安全な場所で警察に連絡を取っただろう。なんて、中途半端な能力なんだ。役に立つ気がしない。  がっくり と肩を落とす俺に向けて、父は安堵の息をついた。 「お前が透明人間にならなくてよかった。見えなくなったら、父さんは泣く」 「やめてくれ。そんなの恥ずかしい」  格好良く自分を助けてくれた面影など見当たらなくて、頭を抱えたくなる。結局、自分の父は最後まで格好良い存在ではないのだ。 「いつの間にか、透明人間になってしまった。だから、怖いんだ。お前や真希(まき)の記憶からもぽろりと落ちはしないかと……和成までこんな気持ちを味わう必要はない」 「…………父さん」  しんみりとした言葉に、恥ずかしいのは子供っぽく父を認めない自分自身かもしれない。そう反省した俺に、父は言葉を続けた。 「本当に、ホラーやサスペンスみたいに大問題がいつの間にか起きそうで、そわそわするし。今日のこともだが、心臓がバクバクしすぎて痛い」 「犯人を簡単に取り押さえるのに、なんでだよ」 「それとこれとは別問題だ」  胸を張って断言する父は、何も変わっていない。臆病で怖がりなままだけれど、母が惚れた理由がなんとなくわかった気がした。  ヒーローみたいな格好良さはない。それでも、俺にとっては見知らぬ透明ヒーローよりも格好良いところがあるんだとわかったのだ。こんなこと、絶対に言うつもりはないけれど。  ほんの少しずつ、透けていた手が元の色に戻っていく様子を見つめる。  透明とか、透明じゃないとか。そんなの関係ないのだ。きっと、変わらない。気付かぬうちに、透明人間になっていた事実がおかしくて、俺は笑った。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加