透明だってさ

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 父は怖がりだ。息子の俺から見ても情けないほど、臆病でぷるぷる震えるチワワのよう。顔を見たことのない父の言葉や口調、服の動きで性格を知っていた。 「母さんはなんで、父さんと結婚したの?」  透明な人間がいることが世間で当たり前になっているのに、不思議な現象を受け止めて楽しむことなく、ただひたすら馬鹿真面目に生きている。簡単にはなれないのだから、透明であることを満喫すればいいのに。 「それは簡単なことね。格好良いのよ、とても」  俺の言葉に、優しく微笑む母は父と結婚したことを後悔したことがないと告げた。その理由は詳しく教えてもらえないし、格好良いという単語が理解できなかった。  すでに出勤している父を浮かべつつ、俺は母から手渡された弁当袋を鞄に詰め込んだ。  学校の休み時間になれば、友人や同級生とする会話など決まっている。くだらない会話を笑いながらしていると、ふと話が変わる。 「俺、和成(かずなり)の父親見たことないわ」  透明なのだから、見たことなくても仕方ない。その言葉を口にするより早く、中学が一緒だった順一(じゅんいち)が笑う。 「前、運動会で来てたな。かずの父親は透明なんだ」 「そうなのか! いいな、なんか格好良いな」  透明人間という存在がいくら認知されていようと、 その数は少なく、選ばれた人間だと認識する者がいる。そうやって、憧れを持つ人がいる一方で嫌う者もいるらしい。
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