透明だってさ

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「お前の顔、覚えたぞ。そっちが気付かない内に、いろいろ楽しませてもらおうか。後ろから刺すだけじゃつまらないよな。そっと近付いて、お前の家族を見つけて遊ぼうか」  透明なことを利用して、相手を脅す犯人は性格が悪い。震える男性は「やめてくれ」と何度も口にしている。助けることなんてできなくて、みっともなく泣き叫びたい気持ちを押し込めた。  ふと火をつけたように子供の声が響き渡る。犯人の態度や雰囲気に、何が起きているのか理解できていなくても、その恐ろしさは感じ取れるのだろう。泣く子供をあやす母親の声を耳にしながら、俺は無力さを痛感して掌をきつく握りしめた。 「うるさいな。ああ、そうだ」  倒れた男性を放置して、泣く子供へと犯人は近付いた。そして、子供を守ろうとした母親を床に叩きつけ、泣きじゃくる子供の腕を掴まえる。 「子供の命が惜しければ、おかしな真似はしないことだな」  透明な犯人は、監視カメラに映ることなど気にしない。げらげら笑いながら、お金を要求していた。  真っ青な顔をした店員が見える。母親は泣きながら、子供に手を伸ばしている。子供の声が響く中、殴られて倒れた男性の呻きが重なった。他にもお客がいるのかわからない。ただ、俺がわかるのはその数名だけ。  いつもと変わらないはずの日常はそこにはなかった。  犯人がお金を手に逃走しようとした瞬間、唐突によろけて子供を手放した。一目散に母親に駆け寄って泣く子供を、彼女は守るように腕の中に抱きしめている。
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