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「痛ってえ、なんだ?」
きょろきょろと辺りを見回す犯人と視線が合う。ぎろり、と視線が突き刺してくる。
「お前か、ついさっき足でひっかけたのは」
「え、いやいやいや! ここから動いてないし」
よろけた理由を八つ当たりしてきた犯人から、とっさに距離を取ろうと後退した。子供を手放したことは、もうそれほど気にしていないようだ。お金を詰め込ませた鞄を脇に抱えながら、犯人はこちらに近付いてくる。
「叫びもしなければ、震えもしない。怪しいんだよ。お前、本当は全身透明なんじゃないのか? 中途半端にしやがって、馬鹿にしてんのか!」
「え、違っ! なんのことを言ってるのか俺にはさっぱり」
「おちょくってんのか。自分だけ逃げるつもりなんだろ。それで、警察でも呼ぶんだろ? なあ!」
「ちょ、そんなわけっ……!?」
落ち着いて欲しい、と願いながら手を振った。その疑いは間違っている。俺は無実だ。冤罪にもほどがある。透明になれるのならば、ここから逃げ出して犯人が言うように警察を読んでいるだろう。だが、俺は透明になどなれない。
凶器を振り上げた犯人に、恐怖のあまりふっと意識が軽く飛ぶ。数分なのか、数秒なのか――触れた液体がなんなのか理解したくなかった。
「え…………」
どこも怪我などしていなかった。犯人の凶器が空中で止まっている。刃物からぽたりぽたり、と血が俺の上に落ちてくる。
透明な犯人が暴れるのを押さえつけ、手錠をかける相手も透明だ。一体何が起きているのか理解できずに呆然とその光景を見てしまう。
「大丈夫か、和成」
その声は聞き覚えのあるものだ。驚きながらも、情けないことに俺は意識が遠いていく。緊張と恐怖、混乱でいっぱいで意識をこれ以上保っていられなかった。
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