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サリはフロントテーブルの裏側に座り込むようにして、彼の体を楽な姿勢へと道いた。
「なんで……私なんかを……」
彼が刺された箇所は胸寄りの腹部。流れ続ける血が死という言葉を連想させる。サリは懸命に手で傷口を抑えるが、気休め程度の意味しか為していないことに気づいてしまっていた。
腕の中で、一つの命が潰えようとしている。
「ねえ……なんで…………」
今度は『可能性』なんかではなく、決定的に自分が関係する理由で死がもたらされようとしている。
サリは泣かずにはいられなかった。嗚咽をこぼさずにはいられなかった。自分を責めずには――――
そんな彼女に。残り少ない灯を感じさせる声が語り掛けた。
「サリ、さん……自分を責め、ないで、ください…………」
久しく、聞いていなかった声。サリは痛いほど眉間に力を入れ、顔にこみ上げる熱いものを必死に抑えた。
彼は目を閉じたまま、続ける。
「これは、私の仕事、です……。守る……ことが、……」
言葉の節々に息を吸う苦しそうな音が混ざるが、しかし彼の声はそんなものには止められなかった。
「サリさん、の……仕事は、え、がお……を…………」
今まで話を振っても言葉を返してくれなかったくせに。みんなして寡黙を貫き通していたくせに。
「もういいからッ……! しゃべると傷が……!!」
なんで……なんで!! 今になってそんなに話すのか。今はサリがうまく言葉を返せないというのに。まるで、もうこれが最後であるかのように……。
しかし、彼は血の流出を止めなかった。
「で、も……も、一つ……ある、でしょう……?」
サリさんの仕事、と。彼はもはや声にならない声を以って指さした。
フロントテーブルの下。トランシーバーを思わせる通信機。繋がる先は警安部。
「私、も……みん、な、も……サリさんと、仕ご、とできて……楽しかっ……」
音が、消えた。
サリの世界が、灰色に落ちた。
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