0人が本棚に入れています
本棚に追加
「光学迷彩服ですか?」
ぼくは博士の取り出した、全身を覆うポンチョのような衣服を見て叫んだ。
「うむ。この服を着ると、光を曲げる効果がある。着た者は、まるで透明人間になったような気分になれるわけじゃな。それについては……」
博士は手の中のスイッチを入れた。ぼくは興奮した目でそれを見ていた。ほんとに透明になっているとしか思えない!
「着ます」ぼくは即答した。「着ます着ます。透明人間になれるなんて、めったなことじゃできません。モニターさせてください」
「よかろう。とりあえず、これを着て研究所の周りを一周してきなさい」
ぼくは胸躍る思いで光学迷彩服を着た。
研究所の外へ一歩を踏み出すと、そこは普通の地方都市の道路である。通る車も、人の数も、ぼちぼちというところだ。
ぼくは優越感からゆっくりと歩いた。
視線を感じた。……視線?
ぼくはそちらに目を向けた。三歳児が、こちらを見ていたが、すぐに目を背けて駆けていってしまった。
この光学迷彩服に異常でもあるのだろうか。
ぼくは、銀行のガラス窓に身体を映してみた。なにも映っていない。そうとしか見えない。博士の言葉は正しかったのだ。
それでも……。
それでも、この身体にぐさぐさと突き立ってくるような、どこかから向けられてくる数々の視線はなんなんだ?
ぼくは右を見た。左を見た。前を見、後ろを見た。ついでに上も見た。
制服姿の女子高生たちがきゃいきゃいいって通り過ぎていく。見ている。そうとしか思えなかった。ぼくが見えていながら、気づかないふりをして笑っているのだ!
そう考えたとたん、この町の全ての視線がぼくに集中してくるのを感じた。ぼくは、脱兎のごとく、博士の研究室に逃げ込んだ。
博士はびっくりしたようだった。
「ずいぶんと早いことだが、うまくきみの身体が透明にならなかったのかね」
ぼくは光学迷彩服を脱ぎながら答えた。
「この服は完璧です。完璧でないのはぼくなんです」
ぼくは普通のコートとズボンの姿で家へ帰ることにした。道行く人は誰もこちらを見もしなければ、気づきもしないようだった。
博士は間違っていたのだ。光学処理なんかしない何でもない普段着、これが都市での最大の迷彩なのだと、ぼくにはようやくわかったのである。
最初のコメントを投稿しよう!