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いや。
いた、というより「落ちている」と表現した方が適切だろう。
「不審者かね…?」
とぐろを巻くほど長い黒髪を持つ不審人物は、地面に臥せに倒れている。
気絶しているのだろう、もちろん返事はない。
「しかも血みどろ…」
しかも倒れ臥す人物は夥しい血糊の朱に沈み、彼が来た道には点々というには多い血糊の跡が引き摺られて既に夜の冷えた空気の中で気化し始めていた。
アルコールじゃあるまいし、勿論ながら人の血液は気化しない。
「お前、妖なのね?」
気化するのが、妖の血液の特徴だ。
血液が跡形なく気化するところを目の当たりにしたのだし、むしろもう確定だろう。
久方振りの妖の訪問に、香炎はただ深く溜息をついた。
「飼い主がいる、ようには見えないわね。この辺じゃ見かけない妖だから、ノラかな…」
うつ伏せで、しかも体勢は完全に潰れた蛙のそれ。
思わずバイクに轢かれてぺちゃんこに潰れた蛙が脳裏に浮かんで、頬が強張る。
潰れた腹からはみ出したピンク色の内臓とか、なんとも言いがたい死の表情とか―――をリアルに想像できてしまう女なんて、絶対に自分だけだろう。
というか、目の前のこの物体も内臓とか出てたらどうしよう。
いやいやいや、絶対にムリだ。今すぐ逃げ出したい。
「スプラッターじゃありませんように」
おそるおそる爪先で転がした彼(?)から出ているのはどうやら血液のみで、幸いにも内臓ははみ出ていなかった。
「よかった、はみ出てない」
満身創痍、しかも瀕死の人物に触れて解ったのはその人物の性別が男で、容姿から憶測して少年と青年の中間ということくらいだった。
凛々しい眉毛に、野性味のある整った鼻梁。
エキゾチックでいい男であるが、未だに傷から流れ出ている出血が痛々しい。
身形はあちこちに血が染みた丸首の白シャツに、右足が著しく破れている元は長ズボンだったであろうもののみで、足は何故か裸足だった。
「どこから見てもノラの汚れよね」
妖には、人に姿を変えて人間社会で生活する者が多い。
彼らは人間よりも人間らしく身なりをきっちり整え、身バレせぬよう気を遣って生きている。
しかし、この妖ときたらどうだ。
相応の妖力を持っているのだろうが、身なりを見る限り人間社会で生きてきたとは考え難かった。
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