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「うわー、結構焦げてるし。ねえ、生きてんの?」
血みどろの身体は、かなり焦げ臭い。
寺院周辺には妖被害の防止のため「協会」が結界を張り巡らしているので、大方コイツも結界に焼かれたのだろう。
観察も兼ねて傍らに座り込んで問いかけると、どうやら辛うじて意識はあるようで緩慢に指先が動いた。
「うるさ、い。…俺に、構うな…」
ほぼ本能だろう。
長い黒髪が大きくうねり、やがて巨大な爪牙を形取る。
熊手の様に枝分かれた刃先は鋭利で、なかなかに物騒だ。
意の侭に髪を遣う妖なんて、友人(毛娼郎)以外に初めて見かけたのでつい興奮してしまったが――。
とりあえず早くクールダウンさせなければ、このままでは彼が失血死してしまう。
「待って! なにもしない。本当よ」
そう呼び掛ければ、瀕死の黒い妖は今にも噛みつきそうな形相でこちらを睨みつけてくる。
黒い蓬髪の狭間から覗くのは、青白い月光を帯びた神経質な野性動物じみた双眸。
これ以上、一歩でも近づけばあっという間に去ってしまいそうな気配すら感じられた。
「……っ」
互いに一呼吸さえ許さない時間が、どれくらい続いただろうか。
一秒か一分か、はたまた一時間なのか定かではない。ただ、かなりの時間を香炎と黒い妖は睨み合っていた。
しかしこのままでは埒が明かず、どうにもならない。
「なにもしないよ。しないから、傍に寄ってもいいかな?」
香炎がわざと踏み込んで退路を断つと、棘々しい気配が弓形に膨れ上がる。
「ね? お願いだから、無体しないで」
追従を許さない気迫だが、気にせず少しずつ香炎はにじり寄っていく。
「ね。大丈夫、大丈夫だから…逃げないで」
「くっ…!」
一歩、二歩…そして、また一歩。
殺意を漲らせて刃そのものの性質で尖っている黒髪に、遂に香炎の指が触れた。
「ごめんね、怖いよね……でも大丈夫だから」
翡翠の双眸と、青みを帯びた鳶色の双眸が重なる。
その瞬間、黒い妖は目の前に佇む女の不思議な色の瞳の奥に「なにか」を感じて小鹿のように肩を竦ませた。
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