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「何故だ。なぜ、お前は妖を恐れない?」
睨めつける翠の双眸には、一片の隙もない。
しかし問い質す声は尻すぼみで頼りなく、先頃のような覇気は消え失せていた。
声音は身形に伴って若く、搗ち合った双眸は殺気を緩和されて戸惑いに揺れている。
「俺は妖だ、人は妖を恐れるものだろう」
「うん。それが普通の人間だろうね」
「他が忌み嫌い避けて通るモノを、お前はなぜ逃げない? 恐ろしくはないのか」
後ずさり、威嚇。そしてまた、後ずさって威嚇の繰り返し。
戸惑いに揺れる黒い妖の挙動は、野生動物というより手負いの野良猫のようだ。
ずいぶんと結界に焼かれたらしい身体は、煤けて真っ黒。
瀕死でも威嚇はできるらしく、彼は距離をとって髪を逆立てている。
「…だめだ、やっぱり猫にしか見えない」
彼には悪いが、黒髪なのに肌まで煤けて黒かったらどこが顔だかまったく判別がつかない。
ようは怖さ半減なのだ。
「あのね…生憎だけど、そんな威嚇じゃ私は怖がらないよ。それより、このままじゃアンタの命が危ない。自分でも解ってるんでしょ?」
「なにを企んでる」
「なにも。なにも危害は加えない。だから、おいで?」
距離をとっていた黒髪の妖だが、やや暫く迷ったあとでおずおずと傍に寄ってきた。
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