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「……悪い、な」
「気にしないで。好きで招き入れたのは私だもの。それに、もうあまり喋らない方がいい。よいせ…っと」
「すまん……重いだろ」
「(お前は乙女か!)…だから喋るなって。そこは気にしなくていいわよ。力だけは余ってんの」
「……そうか」
彼の悄気たような声のトーンを聞き流しながらとりあえず満身創痍の妖に結界を塗布し、破れて風穴が空いている結界の解れ目を補完する。
結界には妖の侵入を防ぎ彼らを滅する能力があるが、本来の役割は「壁」だ。
応用として、こうして対象の身体などに結界を纏わせる方法もある。
とりあえず「協会」に勘づかれる前に気付けて、本当によかった。
「少しだけ歩くけど、平気?」
「……ああ」
門扉に指先が触れようとした一瞬、内から聞こえた声に香炎はピクリと動きを止めた。
「香炎?」
「お、叔父さんか…吃驚したー」
「遅かったからね、心配したよ」
肩を貸しながら扉を開けると懐中電灯を持った叔父が立っていて、危うく妖を支えている手を離しそうになった。
叔父に見鬼の才はないので、もちろんコイツのことも見えていない。
こんなに嵩張ってるのに、 今ばかりは見えない彼が少しだけ羨ましかった。
「ごめんなさい、ちょっと仕度に時間かかっちゃって…」
というのは嘘だ。
しきりに「息子の嫁にならないか」と口説いてくる常連客(もちろん妖だが、周囲から人間にしか見えないのだ)の年配男性に絡まれて、店長が間に入ってくれなければ危ないところだった。
悪い人ではないのだが、婚期を逃して随分経つ息子に躍起になっている。
彼らの種族は雄しか産まれないため、必ず女性を娶らねばと必死なのだ。
奔走している彼には気の毒なことだが、その息子と自分は赤子の頃からの親友で互いにその気はゼロ。
はっきり平行線を示しているのに、彼の父は非常に諦めが悪くて困っている。
「随分遅いから何かあったかと思ってね、起きていて正解だったよ」
にこにこする叔父。
こんな彼だが、洞察眼はかなり鋭いので「遅れた理由」も判っているのだろう。
本当に頭が下がることだ。
暖かくして寝なさいとだけ言って母屋に帰っていく叔父の背中に軽く頭を下げてから、私も背負った妖を介抱すべく離れの扉に鍵を差し込んだ。
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