act.0 絶望篇

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 ……私は、終焉を待っている。  毎朝息苦しいスーツを着て、人密度が高いせいで蒸し暑い満員電車に揺られながら思うことはいつも一つだった。    (いけすかない)同性の上司からの思想的虐待、同僚からの陰口。そんなくだらない時間を費やして、退屈な日常がまた終わる。 (はいはい、分かってますとも。どうせ私は小間使い程度だって言うんだろ? ざけんなよ、クソ上司が)  こんな瞬間を積み重ねることに、なにか意味があるのだろうかと怒りさえ感じる。  人の身で生活するに足る学歴と資格は一揃えあるが、それを活かすための『心』だけが遠く彼方に羽ばたいて飛び去ってしまった。 (バカみたいだ、こんな自分も、世界も)  黒い感情も人並みに渦巻くが、そんなものを抱いても現状は変わらないといつの間にか冷めてしまい…  無情に過ぎるだけの日常を生きることさえ面倒で、最近は「死」ばかりを考えるようになっている。  ただ不思議なのは、死を恋しがって行動を起こすと必ず妨害が入ること。  首を吊ろうと用意したロープに首を通したら、何故か固結びにした筈の結び目が総て解かれていたり。  殺鼠剤を飲もうとすれば、中身が砂糖に変えられていたり。   「なにか」が意図的に働きかけるそのお陰で、私はなぜか真実に死ねずにいる。 (なんだ、退屈だな)  ああそうだ。  退屈といえば、子供時代から自分は喜怒哀楽が薄かった。  自分を含めた他への興味がないばかりか、実際に身内や友人が怪我をしたり、持ち物が壊れても表情は能面のように薄っぺらだった。  だから私は、ただ無為に積もってゆく今日という時間の終わりを確認して、この身の終焉を願う。  感情を示さない私を不審に思った母親に、心理カウンセラーの元へ連れていかれたこともあったが、結論を言えばそれもまた無意味だった。  心理カウンセラーが「手に負えない」と匙を投げたからだ。
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