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「香炎ちゃん」
子供の頃、叔父…つまり母の弟が住職を務める寺に預けられていたことがある。
雰囲気が柔らかく、何となく母に似ている面影は変わらない侭だ。
「貴史叔父さん……お久し振りです」
平気で娘を捨てるゲスな母親の血縁で、所詮は同じものだと警戒したが、彼には育ててもらった恩がある。
ゆえに彼に仇をぶつけても詮ないことだ。作法に習って頭を下げると、頭の天辺に大きな手が触れてきた。
「大きくなったなぁ、香炎。顔を上げなさい。久方ぶりの再会が、このようなことになって、本当に残念だ」
「はい…」
懐かしい存在が大勢住み着くこの寺で、私は育てられた。
実質、叔父が育ての親なのである。
「叔父さん、私…あの人とは、もう二度と会わないよ」
現に、果物ナイフの切っ先を向けての絶縁発言をするくらいだ。
彼女との縁は寸断されたも同然。
「今度、目の前に現れたら殺すとも宣言されたし…」
「そうか。姉がそんな不様なモノになり下がるとは……」
叔父は痛みを堪えるように眉間を押さえ、俯いた。血を分けた姉の変貌は、きっと彼には何よりつらい事実なのだろう。
「こんなことになるなら、姉に返さなければよかったな。香炎、本当に済まなかった」
涙ぐむ叔父に、人間でも他人のために涙できるものだと…私は初めて毒気が抜かれる思いをした。
これが、必然か否かは知らない。
けれど、寺ならば「そういう」境界とも近しいから、衒いなく息ができる。
「もう、嘘つかなくてもいい?」
もう何も「偽らず」にいいと受け止めた時から、私は能力を塞き止めていた蓋を開けた。
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