act.0 絶望篇

5/5
前へ
/60ページ
次へ
「香炎ちゃん」  子供の頃、叔父…つまり母の弟が住職を務める寺に預けられていたことがある。  雰囲気が柔らかく、何となく母に似ている面影は変わらない侭だ。 「貴史叔父さん……お久し振りです」  平気で娘を捨てるゲスな母親の血縁で、所詮は同じものだと警戒したが、彼には育ててもらった恩がある。  ゆえに彼に仇をぶつけても詮ないことだ。作法に習って頭を下げると、頭の天辺に大きな手が触れてきた。 「大きくなったなぁ、香炎。顔を上げなさい。久方ぶりの再会が、このようなことになって、本当に残念だ」 「はい…」  懐かしい存在が大勢住み着くこの寺で、私は育てられた。  実質、叔父が育ての親なのである。  「叔父さん、私…あの人とは、もう二度と会わないよ」  現に、果物ナイフの切っ先を向けての絶縁発言をするくらいだ。   彼女との縁は寸断されたも同然。 「今度、目の前に現れたら殺すとも宣言されたし…」 「そうか。姉がそんな不様なモノになり下がるとは……」  叔父は痛みを堪えるように眉間を押さえ、俯いた。血を分けた姉の変貌は、きっと彼には何よりつらい事実なのだろう。   「こんなことになるなら、姉に返さなければよかったな。香炎、本当に済まなかった」  涙ぐむ叔父に、人間でも他人のために涙できるものだと…私は初めて毒気が抜かれる思いをした。  これが、必然か否かは知らない。  けれど、寺ならば「そういう」境界とも近しいから、衒いなく息ができる。 「もう、嘘つかなくてもいい?」  もう何も「偽らず」にいいと受け止めた時から、私は能力を塞き止めていた蓋を開けた。
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加