辞表を出した次の日

3/6
前へ
/6ページ
次へ
 私が神保町にある小さな広告代理店に入社したのは、今年の4月のことだ。    それからまだ半年しか経っていないが、私の精神は極限まで摩耗し、悲鳴を上げていた。    朝の9時半出社ときいていたので、比較的余裕をもって働ける環境だと思っていたが、実際には「新人は1時間早く出社して内勤をするのが普通」と教えられ、朝の8時半には会社に着いていなければならない。  もちろんその分の手当などはなく、その1時間はタダ働きになる。    広告代理店の仕事は華やかというイメージがあったが、実際にはそんなことはなく、アウトドア雑誌に載せる5万円の広告営業のために、片道1時間もかけて郊外のクライミングジムへ営業に行ったり、広告主のクレームにひたすら謝りつづけるというような地味な作業ばかりで、就職する前に抱いていたような華やかな仕事をする機会はめったになかった。    しかし仕事の内容以上に辛かったのは、室田という先輩社員の存在だった。 私と私の同期の依子は、ちょっとしたことから室田に目を付けられ、以来様々な嫌がらせを受けてきた。    小さなミスでもしようものならすぐに怒鳴られる。叱責の内容も、私が犯したミスそのものから徐々に私自身への人格攻撃に変化して、最後には「これだからゆとりは」という常套句と、わざとらしいため息でしめくくられる。  このわざとらしいため息を目の前でつかれるたびに、私の胸の中では怒りと無力感がないまぜになったような感情の波が押し寄せ、涙が出た。  そして涙を拭った後に心の中に残るのは、疲労感と自己嫌悪だった。 いつだったか、室田が突然思いつきで、自分の得意先に暑中見舞いを送ると言い出したことがあった。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加