第1章

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吉成にとって、こうして一人前の戦闘機乗りになるまでの道程というのは、同じ道を目 指した仲間の誰もがそうであったように、決して平坦なものではなかったという。  まだ彼が航空隊の練習生だった頃には、操縦席の後ろから、教官に背中を棒で突つかれたり、頭を叩かれたりしながらの乱暴至極な指導を受けたり、あるいは、非常呼集と称して、真夜中に叩き起こされ、些細な落ち度を指摘された揚げ句の果てに、練習生全員が連帯責任を取らされ、海軍名物の??精神注入棒?≠ニ呼ばれた棍棒で尻をしたたかに打ち据えられたりといった、謂われなきしごきにも耐え抜いて、戦闘機乗りになりたいとの、ただその一心の思いで、厳しい訓練に耐え、仲間との競争に勝ち抜き、やっとの事で検定試験を通過し、晴れて戦闘機乗りの座を勝ち取ったのだ。  では何故、そこまで敢えて戦闘機乗りに拘ったのかと云えば、座学や実技訓練の成績が振るわなかったり、厳しい適正判定検査に撥ねられたりすると、吉成らからすると不本意な部署である、輸送機や爆撃機や偵察機などの搭乗員にさせられてしまうという事情があったからだったというのである。  航空隊の隊員に限らず、海軍航空隊に憧れを持つものであれば誰しもが思うことだが、矢張り航空隊の花形と云えば、何と言っても、大空を自在に飛び回って、敵機との空中戦を演じることが唯一可能なのが戦闘機乗りだったから、吉成たちはそれこそ歯を食い縛って、戦闘機乗りになる為に命懸けで必死に頑張ったというわけなのである。  それはさておき、航空隊の基地において、隊員の飛行訓練の指導に当たっている時の彼の姿は、その佇まいの趣からして厳しい中にもいつも悠然としたるものがあり、そのきり りと引き締まった、如何にも飛行機乗りらしい顔つきには一点の曇りもなさそうに見えたというから、若い隊員からの憧れにも似た人望を一身に集めるに相応しい、この上なく頼もしい存在であったようだ。  ところが、そんな彼にしても、訓練の進捗の具合が思うに任せないような場面に出くわすと、「これからは洋上作戦用の戦闘機がなくてはなぁ…」といった、そんな溜め息混じりの科白(せりふ)を時折り吐くことがあったばかりか、諦めにも似た表情を見せることさえあったという。
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