第1章

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 この時の作業に要した時間というのは、その日は比較的波が穏やかであったのにも拘わらず、毎回どんなに急いでも、機体を格納所から取り出して発進させるまでに、最短で一時間十五分、そして着水から機体の収容を完了させるまで一時間二十七分を要したから、これでは、一刻を争う海戦の戦闘場面では作戦の展開に支障をきたしてしまうばかりか、そうこうしている内に勝敗が決してしまう虞(おそれ)が大いにあるだろうとさえ思われたのである。  ここで又、大山少尉の嘆きの台詞(せりふ)が出る。 「これでは、いくらなんでも時間が掛り過ぎて仕方なかろう」  これを聞いた吉成少尉も同感だとして、これに応じる。 「全くだ。この作業にはかなりの手間を要するものだとは聞いていたが、これ程掛かるとは思わなかった…」  どう考えても、こんな調子では、水上機は空を高速で遠方まで自在に飛べて、偵察などに便利だとは言っても、発着にこう手間ばかり掛かったのでは早晩使い物にならないようになるに違いない。と、吉成はそう独り言(ご)ちた。こんなことでは、いずれにしても勝てる戦(いくさ)も勝てなくなる、とも確信した。  その辺のことは、彼らのみならず、当然日本の海軍としても重々承知していたわけで、水上機をより迅速にかつ効果的に活用して、本来の目的である索敵や偵察などの他に、出来ることなら、攻撃力をも備えた航空機を艦隊の戦力に加えて、敵の戦闘艦艇に対する銃撃や爆撃や敵機との空中戦にも使いたいところなのであった。が、この頃は爆弾を機内に搭載出来る量が極めて少なかったばかりか、搭乗員が自らの手で爆弾を地上の目標めがけて投げつけなければならない様な原始的なレベルでしかなかったから、とてもそんなことは無理な相談であった。その上、フロートをつけたままの??ゲタ履き?≠ナは、車輪付きの戦闘機を相手にしての空中戦においても運動性に乏しくてとても勝ち目などなかったのだ。  また、海軍の陸上機の方も、フロートこそ付いてなかったが、水上機と同様に空中戦性能もまだ悪かった上に、長時間飛べない代物であった。そんなことから、航空機を実戦で使おうとするには、もっと性能を向上させなければ使い物にならなかったし、作戦の行動範囲ももっと広いものにしなければどうにもならなかったのである。
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