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2月4日付けで報告書を局長へと提出し、証拠を保管室へと来ていた。屯所内では監視の必要性もないのに、樹希(たつき)がついてくる。
「どうしてついてくるの。用事があるんでしょ?」
「あるよ。あるけど、1人で証拠――特に怪異絡みの物は、1人で作業をしない決まりだろ」
「知ってる」
「なら従え。早く終わるぞ、俺はこの後遊びに行くんだ」
片手に収まる程度の箱には、怪異が強く思いを残した櫛が入っている。もうすでに、私が喰べた男性の霊――化け物と成り果てた人の記憶を思い出す。
とても、とても愛しい人の記憶。結婚を近い、苦楽を共にする証のために櫛を女性に贈ろうとした。でも、できなかった。櫛を手に入れたその日、殺されてしまったから。
「記憶を深く探ろうとするな。辛いぞ」
「……知ってる」
もうすでに私の中に収まった人物の記憶を見るのは確かにつらい。怪異となった人たちは、二度死を経験するから。あんな体験は一度でも充分過ぎるほどだ。
それでも、私は知らないといけない。今まで、何も考えずに怪異を喰い殺していた分だけ人の想いをないがしろにしていた気がするから。
「やることが極端なんだよ。もう少し受け入れ態勢を整えろ。下手に探ると、向こう側に堕ちる可能性だってあるんだぞ」
分かってる。怪異の想いに呑まれてしまう可能性があることは。それでも、私が獣からもう一度人に戻るために、見なきゃいけない気がしていた。人として、大事なことを思い出すために。
「いいから、今はやめておけよ。消化することだけを考えろ。少しずつ、普通の生活を取り戻していけばいい」
「復讐なんかやめて?」
頭上を仰ぐと、樹希(たつき)の黒い瞳が春陽(しゅんよう)を映し出していた。頼りない顔をしている。あの藍澤宗助(あいざわそうすけ)の――鼓の事件から、自分が弱くなってしまった気がする。怪異にも、人のような想いが残っていると知って。
それでも、あの時の記憶は忘れない。室内を汚していた夥しい血、私の家族を奪い、大事な人の剣士としての命も奪った怪異達。奴らを、この世から消し尽くすまでは私は強くいないといけないはずだ。
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