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「そこで――睨みあわれると、困るのですが」
声のする方を見てみると、栗色の瞳が私を見下ろしていた。女性のような色白の端正な顔立ちに、綺麗に切りそろえられた栗色の髪が目に入る。手には、薄い青紫色――竜胆(りんどう)色の番傘を携えている。
「ご、ごめん。春陽(しゅんよう)、こっち」
樹希(たつき)が腕をひっぱり、私を端へと寄せる。
「いいえ。平気ですよ。それにしても――本当に美しい紫色の瞳だ。局長の秘蔵っ子は」「……あなた誰よ」
「時雨(しぐれ)と言います。監察をしているので、そのうち仕事でご一緒することもあるでしょう。その時はよろしくお願いしますね」
言うなり、時雨(しぐれ)は見惚れるほど優雅に一礼すると去っていった。
「あいつが怪異になったら、まっさきに喰い殺してやる」
「はいはい。お前に怒るって感情があってよかったよ。それよりさっさと証拠収めるぞ。待ち合わせ時間が近いっ!!」
樹希(たつき)が私の背を押して、証拠保管室へと入れた。
その時。
俄かに足元が揺れ始め、棚が前後に動き始める。地震だ。頭上からは証拠品が落ちそうになる。それを必死に手で押しとどめるが、間に合わずにいくつかが床に転がった。
「治まったか……。俺、他にも落ちてるものがないか、ちょっと見てくる」
「お願い」
そうして樹希(たつき)は、足早に部屋の奥へと消えて行った。
春陽(しゅんよう)は周囲に散乱したものを拾い集め、改めて棚へと戻す。その時、突然ガタンと小さな箱が目の前に落ちてきた。衝撃で蓋が開く。中を見てみると、懐中時計が入っていた。
小さく、薄汚れていてとても古いものだ。使用者が長年、大切に扱っていたのだと見ただけで分かる。
時計を手にした瞬間だった。背後から、その音が聞こえてきたのは。
ごり、ごり、ごり、ごり。
ごり、ごり、ごり、ごり。
何かをかみ砕く音がする。
何かが、何度も何度も咀嚼をしている。そのたびにびちゃびちゃと何かの液体が、床に零れ落ちた。耳を覆いたくなるほど大きな音ではない。それでも、耳を塞ぎたくなったのは、時折聞こえる何かのうめき声のせいだった。
――食べられているのは、誰?
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