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チッチッチッチッチッ、カチリ。
耳元で、時計の針が動く音がした。次に目を開けると、いつもの見慣れた景色が目に入る。自室だった。空気の匂いも、外から聞こえる音も同じ。
「……ここ……」
私は確かに証拠保管室にいた。待ち合わせをしているという樹希(たつき)に急かされて、保管室へ入ったのを覚えている。そこで地震にあい、落ちてきた時計を手にした。その時に、人を――老人を食べている怪異を見つけた。
そして、あの大ムカデの怪異に食べられた。自分の息遣い、骨を砕かれる音。あの痛み。
夢にしては、あまりにもリアル過ぎる。
「時計……」
夢が覚める前に、握りしめていたことを思い出す。固く閉じた手に、懐中時計があれば怪異の仕業だろう。力を入れ過ぎて固まってしまった指を開いていくが、手の中には何もなかった。
「本当に夢だったの……?」
「おーい、春陽(しゅんよう)。さっさと行くぞ」
「どこに?」
「どこにって……証拠保管室だよ。これ、保管しないとまずいだろ」
障子の前に立っている樹希(たつき)が顔の横で小さな箱を揺らす。カタカタとなる小さな箱の中には、櫛が入っていた。昨日、退治した怪異が憑りついていたもの。
それからは、見た夢の通りに全てが起こった。局長へと2月4日付けの報告書を渡し、証拠保管室へと向かった。
「春陽(しゅんよう)? 早く中に入ろうぜ。俺――」
「うるさい。黙って」
不満げな樹希(たつき)を無視して、扉を睨み続けた。どうしても確かめたかった。あれがただのリアルな夢なら、見たものと違う部分が合ってほしい。
そして、保管室の扉が開いた。中から出てきたのは――時雨(しぐれ)だった。
栗色の瞳が私を見下ろす。女性のような色白の端正な顔立ちに、綺麗に切りそろえられた栗色の髪。手には、薄い青紫色――竜胆(りんどう)色の番傘を携えていた。
「そこで――何をしてるんですか?」
「時雨(しぐれ)……」
「どこで私の名を? どこかで会ったことが?」
夢の中で。そんなことは言えなかった。私が黙って横にずれると、時雨(しぐれ)は竜胆色の番傘を手に去って行く。その背を見送っていると、樹希(たつき)が私の背を押した。
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