バス、来たる。

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 バス、まだ来ないかな?と視線を投げたその先に、信号を曲がってバスがこちらに向かってくるのが見えた。こんな天気だけど、思ったよりもすんなり乗れて良かった。そう思いながら、バス停前で止まったバスに除雪車が押しのけて行って出来たバスのステップよりも高い雪と氷の塊を上って乗り込む。  ピピッと聞き慣れた音を聞きながら、サブバッグのポケットに入れてあったバスカードを通すと残高『160円』と表示された。  残高が少なかったことを完全に忘れていたので、慌ててお財布を確認すると、中には五千円札が1枚と小銭が四十七円。よかった、バスカードは買えそう。ほっと息をついて財布を鞄に戻しながら、さり気なく視線を斜め後ろに向ける。  いつも同じバス停でバスに乗るあの眼鏡のお兄さんの定位置は、ドアの近く。いつもその辺りに立っていて、私はいつもその斜め前位に立っている。もちろん、乗っているうちに前にズレて行くワケだけど。    ふふっと思わず笑みをこぼしてしまうのは、あのお兄さんの眼鏡がいつも曇るのを知っているから。視線を向けた先では、案の定、眼鏡ふきで眼鏡を拭いている。  朝しか会えないあのお兄さんの眼鏡をしていない所を見られるのはこの時だけ。素顔は結構優しげなのが好き。上部分が強調されたサーモントフレームで、眼鏡をかけると一気に凛々しくなるトコとか……結構好き。きっと仕事も出来るんだろうなぁ。これで仕事へっぽこだったら詐欺だ、詐欺。勝手なことを思いながら、いつまでも見ているわけにいかないと視線を前に戻す。  大したことじゃないんだけど、これが最近の細やかな楽しみ。
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