第1章

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「おにいちゃん、サンドリヨンってなあに?」 「ああ。シンデレラって言った方が良かったね」 「シンデレラじゃないよ!」 「シンデレラをフランス語でサンドリヨンって言うんだ」  サンドリヨンからシンデレラを思い浮かべる人はそうそういない。大学生の(しかも文学部の)私すら知らないタイトルだ。子供たちにとって馴染みがないのも無理はない。 「昔、あるところにお金持ちの男の人がいて、二度目の結婚をしました」 「離婚したのかよ!」 「しっ。人の話は静かに聞きなさい。じゃないと、読むの止めちゃうよ」  窘(たしな)めると、男の子は、口を閉じて大人しくなった。  遙人がナイスとウインクを飛ばした。アイドルか。気障(きざ)なのに、カッコいいのが憎らしい。 「相手の女の人は、我儘(わがまま)で、高慢で、女王様みたいな人でした。二人の娘もお母さんとそっくりでした。さて、男の人にも娘がいます。優しくて気立ての良い、素晴らしい女の子でした。あまりにいい子なので、お母さんたちは意地悪を始めました」 「あ~、分かる。女ってそうだよね」  先ほどとは別の少年が声をあげると、周りにいた少年たちも「うんうん」と頷き始めた。これに、少女たちも黙ってない。 「だって、そういうのキモイじゃん!」 「ブッてるだけだよ」  今どきの子供は……発言だけなら、大人の男女と大差ない。すくすく育っているとかで片づけられるレベルではない。  その光景を、微笑ましげに見つめている遙人の感性も、どこかずれているような。 「女の子は屋根裏部屋に追い出され、朝から晩までお家の仕事をさせられました。お部屋があまりに寒いので、冬になると温まるために暖炉の灰の中で蹲(うずくま)っていました。灰塗れの女の子を見て、意地悪なお母さんとお姉さんは〈サンドリヨン〉灰かぶりと呼んだのです」 「うわ、ネーミングセンスな」 「そのまんまじゃん」 「そうだね。でも、女の子がサンドリヨンじゃなかったら、このお話は始まらないんだ」  少年たちが揃って首を傾げた。  遙人の言葉は、時々掴みどころが無くなる。  想像の数だけ物語があるのだとすれば、遙人には、私達とは比べ物にならないほどたくさんの物語が存在する。  彼の世界に興味を持ち始めたのは、私だけじゃなかった。  真剣な目をする子供たちに、遙人は宝物を見せびらかすような、とびっきりの笑顔で語った。
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