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彼女の待ちぼうけ
駅前の小さな時計台。その真下に彼女の姿が見える。
デートの待ち合わせはいつもあの場所。几帳面な彼女はいつも時間より少し先に来ていて、遅刻しがちな俺を待っていてくれるのだ。
今日も彼女は時計台の下、俺が現れるのを待ってくれている。でも俺は彼女に声をかけない。近寄りすらしない。
暴走車が時計台に突っ込み、死者も出る程の事故を起こしたのが八年前。彼女はその犠牲者の一人となった。
八年前で時を止めた彼女が、今も時計台の下にいる。俺を待ち続けてくれている。
声をかけないのは恐怖心からじゃない。だって相手は大好きだった…今でも大好きな彼女だ。たとえ幽霊でも恐怖なんて感じる筈がない。
幽霊になったとしても、彼女は、俺が声をかければ笑顔で振り向いてくれるだろう。そしてきっとそのまま消えてしまう。
彼女の魂をこのままあそこに縛りつけちゃいけない。早く声をかけて成仏させてあげるべきなんだ。
そう思うのに、彼女の姿を見てしまうと、幽霊でもいいからそこにいてほしいと思ってしまう。だからどうしても声がかけられない。
「ごめん、待たせたね」
その一言を告げようと、毎日俺はここへ来る。そして、彼女を見るたび言葉を失う。
せめてその姿を見ていたくて。見続けたくて。俺を待ち続ける彼女をただ見つめる…。
彼女の待ちぼうけ…完
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