秀明

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 秀明のような子供は、本来は孤児院で育つ。小さな子供は養子にしてくれる夫婦が現れるのを待つが、それなりに大きくなった子供は独立できる年齢になるまでただじっと我慢するしかない。孤児院は大抵とても窮屈で、養子になれなかった子供たちは、一分でも早く孤児院を出て自活できる日を待ち望んでいる。もちろん中には出て行きたくないような孤児院もあるけれど、そんなものは極稀だ。月照寺に引き取られた秀明は、孤児としては最高に自由で恵まれていたけれど、本人がそれを自覚していたかどうかは分からない。  秀明と鳴海はまるで本当の兄弟のように育ち、住職と住職の妻は秀明と鳴海を本当の息子のように育てた。悪いことをしたら叱り、尻を平手で叩き、良いことをした時は抱きしめて褒めた。元気が有り余っていた二人は住職夫妻をいつも困らせたけれど、その元気さが同じだけ二人を喜ばせた。二人にとって住職は厳しい父で、住職の妻は優しい母だった。里子に出された仔犬のように二人は育った。秀明と鳴海は、いつのまにか本当の兄弟のように互いを感じ、あっというまに成長した。  秀明が十九になった時、住職の妻が急逝した。医学部に進学していた義理の娘は、冷たくなった母親に縋りついていつまでも泣いた。たった二年半だったけれど、彼女にとって住職の妻は、実の母親に勝るとも劣らない存在になっていたのだ。住職は自分で経をあげ、妻に戒名をつけたが、涙を見せることはなかった。 「寺を継ぐのは秀明ですよ」  病床の彼女は義理の息子の手を握ってそう言った。 「鳴海がいる───本当の孫だ」  秀明が言うと、なにをバカげたことをという表情で彼女は息子を見つめた。 「秀明の方が鳴海よりもお兄さんなんだから、あなたさえ嫌じゃないなら、寺を頼みますよ」  声を出すことすら辛い病状だったにも関わらず、彼女は、秀有子は、秀明に繰り返し言った。鳴明さんを頼みます、寺を頼みます、他の子たちのことを頼みます、頼みます───意識がなくなる直前までそう言った。それは実の孫である鳴海にではなく、秀明に伝えられた言葉だった。  本当の兄弟のように思ってはいても、鳴海が相良鳴明の実の孫である以上、秀明に遠慮があったのも嘘ではない。子供の頃は良かったのだ。そんな思惑は頭になく、ただ日々を楽しく過ごすだけだったのだから。
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