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秀明が大学を卒業し、寺に戻ってきて少し経った頃、住職の最後の息子になる子供がやってきた。秀明にとっても鳴海にとっても、他のたくさんの子供たちにとっても、新しく保護された子供は最後の弟になった。
末っ子は、鮫島凪という名前だった。凪の父親は既に死亡していた。母親は廃人同様で、とても息子を育てられる状況にはなく、養育里親を募ったのだ。おそらく母親が希望したわけではなく、自治体が独断で募ったのだろう。孤児院や施設に預けるには、十一才になったばかりの凪は壊れていて、とても手に負える状態ではなかった。鳴海は子供を可愛がった。いつだって鳴海は新入りがくると率先して構った。それは彼が大学を卒業し、二十三になっていたこの頃でも変わらなかった。寺を秀明に任せてしまった鳴海は、繁華街でバーを経営している実父と同じような仕事をしていたので、子供のために日中の時間を使うこともできたのだ。
名前を呼んでも反応しない凪は、まるで耳が聞こえていないかのような態度だった。でも、聞こえていないわけではない。意識がちゃんと前を向いている時は、聞いたことには頷いて返す。話す声はあまり聞いたことがない。でも、時々、火がついたように叫ぶ。
最初の頃は、ただ単に可哀相な境遇がそういう態度を取らせているのだろうと、住職はもちろん、みんなが思っていた。最初に異常に気づいたのは鳴海だった。子供を病院に連れて行くと、左耳の聴力が全く無いことが分かった。子供は父親から暴力を受けていたのだ。子供の左耳は、殴られた時に鼓膜が破れ、そのまま放置されていたせいで聞こえなくなっていた。身体のあちこちにも傷がある。たった十一才の子供には残酷過ぎる。
住職は凪を可愛がった。秀明や鳴海には厳しい顔ばかり見せたくせに、最後の息子になった凪が可愛くて仕方がないようだった。可愛くて可愛くて可哀相で、ただ優しく見守るだけしかできなかったのだ。でも鳴海は違った。怒ったり褒めたり怒ったり笑ったりを繰り返した。繭の中で生きているような子供を、羽化させようとしているようだった。
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