記憶をなくした日

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暗闇の中、たたずむ。 辺りを見廻しても目には何も映らない。 暗闇だけ、そして流れる地獄を連想させるようなミュージック 「魔王?地獄のオルフェ?」 自分が立っている場所に床があるのか、空にあるのかそれ際わからない。 「どれくらい経ったのだろう。ここにきて・・・・もう嫌、怖い、怖い、誰か・・・・誰か・・・・。」   手を仰ぐこともできない身体で必死にもがこうにも、もがけない。 そんな中で声が聞こえた。私は声の聴こえる方へ体を向ける。すると瞳の先には小さな円があり、その向こうからは光が湧き出るように溢れ出ている。  小さな円はどんどん剛腕の男が手で押し広げたように大きくなり、やがて相撲取りが通れるほどの大きさになった。円は、それ以上大きくなろうとはせず、小さくなる気配もない 「いったいなんなの」  私は単純な好奇心という名の興味を抱くこととなる。 好奇心という名の動力がそうさせたのか、体が不思議と縁の淵まで運ばれていくと それはとても眩しく、唯一の光に恐怖を感じていた。はぁ、暗いのは怖いのに、恵をいただいたら怖く感じるなんて都合がいい  それの先から柔らかな声がかすかに漏れて聞こえるが、声は誰かを呼び続けて泣いているようであった。  聞こえる声には実態がないようで、レコードから流れる曲のようだ。 <そうだ、どうせこれも曲、暗闇には何もない。>  ここに来てから流れる続ける曲、暗闇の中で流れる私以外の存在。 地獄のオルフェや魔王、地獄を連想させる曲は流れ続ける。 (このどちらもが何処かで聞いたことのある曲で、いつも思い出そうと足掻いてみたりもするが ―結局私には地獄の曲として聞こえる。)  (だから、地獄の曲より心に響いて聞こえる「安らぎの声」も、きっと曲なのだろう。) 「安らぎの声なんかじゃない。きっと、今までと違う曲が流れて勘違いしているだけ。」  分かりきったことを口に出し、光から体をそむけて俯く。得体の知れないものから逃げるように。  それでも曲は流れ続ける・・・・・・。 ふと、足下に何かが滴った。それは涙。青く輝く涙だった。  涙は暗闇に光を灯していき、  暗闇に色を灯す涙は、曲の流れる方へと一本の道を作るように広がっていく。  その先には、ピンクや緑が燻むピントの合わない造形 「なに・・・・・・・・・・・・」 涙の先を追って丸い円の光の中に目を細めて眺める。  光の先には誰か定かではないが懐かしく感じる人がいた。  「誰かいるの? ・・・・・ねえ、返事をして・・・・・・・」 私は光に誘われるように、走っていった。 足元に波紋が広がり、軌跡を描いていく。何かのために一生懸命走ることが、とても面映ゆく感じもする。しかし、走り出した足は止まることをしない。  
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