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南雲の野郎の顔を不意に見て、菜摘の脳裏にはその時の情景が一瞬フラッシュバックしたのかもしれない。そんな時に男に不用意に腕を掴まれたら。一体どんな気持ちがするだろう。
パニックになってもおかしくない。
「俺の配慮が足りなかったと思う。悪かった、菜摘」
菜摘の手に力なく握られたままのタオルの端を掴み、そっと引く。それを広げて、菜摘に触れないよう気をつけて頭の上に載せた。
「その男を見かけたんだろ?そんな時に急に腕なんか掴まれたら、そりゃ嫌だよな。俺が気が回らなくて。…お前からしたら、俺だって男だし。一応」
胸の内にその事実がずん、と重くのしかかる。そうだ。ずっと考えずにいたけど。あるいは、考えないようにしてきたけど。
菜摘から見たら、俺だって結局男だ。菜摘をいいように乱暴に扱って傷つけた、最低最悪の連中。そう思ってきたけど、彼女からしたらそいつらと俺なんて、大して変わらない存在かもしれない。いつ彼女を傷つけるかもわからない、信用できない獣だ。そんなことないって言い切れるか?
自分は違う、って勿論思ってる。あんな奴らと同じとは考えられないし、考えたくない。でも。
もし、万が一、俺が菜摘に変な気持ちを抱いたとしたら。菜摘だって女の子だし、俺だって男だ。絶対ないって断言する自信はない。
例え行動を起こさなくても、内心だけで表に出さなくても。菜摘に欲情したりしたとしたら。
「…おんなじだよな、あいつらと。お前からしたら。…俺だって」
「違う」
菜摘がびっくりするくらい大きな声を出した。
「違う。…そんなんじゃない。ごめん、新崎のせいじゃないの。新崎のことそんな風に思ってない。絶対ない、そうじゃなくて」
菜摘が俺の目をひたと見つめた。今まで見たこともない、真剣な目。こんな場合なのに俺は魅入られたようにその瞳を覗き込んだ。
そして次の彼女の台詞に衝撃を受けた。
「わたしは汚れてるから。こんな汚れたわたしを新崎に触られたくない。…新崎みたいなきれいな人には」
…菜摘が、汚れてる?俺がきれい?全然、意味がわからん。
俺は唖然とした。何言ってるんだこいつ。
菜摘はその場にうずくまった。小さな声で呟くのが俺の耳に届く。
「…あたしなんかに触ったら、新崎が汚れる…」
「菜摘」
俺はたまらずしゃがみこんだ。菜摘が腕で隠した見えない顔を覗き込むようにして声をかける。
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