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「そんな風に考えるのはおかしいよ。菜摘は何も悪くないじゃないか。被害者なのに、不可抗力だったのに、自分が汚れたなんて思っちゃ駄目だ。あんな連中にお前を汚すなんてできないよ。菜摘はきれいなままだ。今でも、これからも」
何とかわかって欲しくて、必死に語りかける。菜摘の心に届いてほしい。でも、菜摘は頑なに首を横に振った。俺は暗澹たる気持ちになった。
「新崎にはわからない」
さっきより更に小さな、消え入りそうな声。
「新崎は知らない。あたしは汚れてるの。表面を見ただけじゃわからない。深い、深い中の話。内面のことだから」
「…どういうこと?」
俺は途方に暮れてしまった。確かにわからない。力ずくで抵抗できずにされたことなのに、そんなに自分を責めなくてもいいじゃないか。そんなことで人間の内面まで汚されるなんて。全然納得いかない。理不尽だ。
それとも、俺には理解できない何かの機微があるのか?もしかして。
「俺にはわからない、って、まさか俺が経験がないから…?それで俺がまだきれいだって言ってるわけ?」
後で思い返すと自分が童貞だって菜摘にぶっちゃけちゃったわけだけど(まぁ言われなくても察してたかもしれないが)、その時はとにかく真剣だったから気に留める余裕もない。菜摘も全く茶化すことなく生真面目に答えた。
「そういうことじゃ全然ない。新崎みたいな人は、経験してもきっと変わらない。ずっときれいなままなの。あたしなんかと違う。あたしみたいなのは」
一瞬言葉が途切れた。深く息を吸い込むような音がして、一気に吐き出すように言う。
「…新崎の隣にいられない」
「そんなことない」
俺はその言葉を強い調子で遮った。絶対そんなことない。もしも菜摘が一生隣にいてくれって言ったら俺はずっとそのままそこにいられる。菜摘が必要だと思うだけ、いつまでも。
もしも彼女を更に傷つける、という恐怖がなかったら、菜摘を両腕で思いきり抱きしめていただろう。それくらいしか気持ちを伝える手段はないように思えた。どんなに菜摘を大切に思うか。本人が汚れてるってあくまで言い張るんならそれでもいい。だったら俺も一緒に汚れる。
どうやったらそのことを菜摘にわかってもらえるだろう。
考えるより先に手が伸びた。菜摘を捕まえておかなきゃならない。今、この場で。
手を離したら見失う。
菜摘の小さな片手を両手で包むように握りしめた。
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