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彼女の全身が波打つようにびくん、と震えた。思ったより激しい反応に怯んだけど、手は離さなかった。離してなるか。
「お前の言ってること、全部はわからない」
なるべく静かな、冷静な声を出そうと努める。菜摘を落ち着かせるため、脅かさないために。
「でも、理解できなくても、俺とお前が何処か違っていたとしても、なんの力にもなれないとは思わない。お前がつらい時やひとりぼっちだと思う時、側にいるくらいはさせてくれ。こうやって手を取るくらいのことでいいから」
菜摘の強張った手から次第に力が抜けていく。俺はほんの少し手応えを感じて更に言葉を尽くした。
「どうしてもつらい時、誰かの体温を感じたいことってどんな人でもあるだろ。別に菜摘だけの話じゃないよ。そういう時、俺なんかのこんな体温でもよければいつでも手を握るから。お前が嫌じゃなければ、お前がもういいって思うまでいつまでだって握るよ。こんなことしかしてやれなくて情けないけど」
「…そんなことない」
菜摘のもう片方の手が俺の手の上にそっと添えられて、ちょっとドキッとする。思わず彼女の目を見ると、さっきよりずっと和らいだ表情で俺をまっすぐ見返してきた。
「ありがとう、新崎。なんだか少し、落ち着いてきた」
「…本当?」
俺たちは手を取り合ってお互いを見つめた。知らない人が見たら告白シーンか何かだと思うだろうな。あるいは二人の世界に浸りきって周りが目に入らない恋人同士か。急に俺たちのすぐ横にあるレモンの鉢植えの香りや、強くなった雨の音が意識の中に飛び込んできた。閉じ込められていた部屋の、世界に通じる扉がふっと開いたみたいに。
「ごめんね、急に変なこと言いだして。びっくりしたでしょ」
なんだか菜摘の微笑みをすごく久々に見たような気がする。さっきのパスタ屋であんなに混じり気なしの素敵な笑顔を見たのがすごく昔のようだ。
「それは気にしなくていいけど。…それより、さっき言ったこと本気だよ、ちゃんと覚えておいてよ。スルーするな」
「さっき、…言ったこと?」
菜摘、少しいつもの調子が戻ってきたな。聞こえなかった振りしてしらばくれようとしてる。そうはいくか。
俺は腹の底に力をこめた。なんとか気合いであんな恥ずかしいこと言ったのに、なかったことにされたらたまらない。
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