10人が本棚に入れています
本棚に追加
「言っただろ。お前が一人だって感じた時はいつでも手を握るって。俺の体温はいつでもお前のためにあるから。それを忘れないでくれってこと。もう二度とは言わないからな」
菜摘は少しぽかんとした表情で俺の言葉を聞いていた。ひょっとして、さっきはあんまり頭に入っていかなかった?ちょっとがっくりする。俺、恥ずかしいの我慢して結構頑張ったのに。
「もしかしてさっき、全然聞いてなかった?」
「聞いてたよ、ちゃんと」
「じゃあ初めて聞いたみたいな顔するな。とにかくお前が必要な時は絶対側にいるから。てか、お前が要らないって言っても側にいるよ。しばらくの間は」
「うん」
菜摘は穏やかな、優しい表情で俺を見つめた。小さな繊細な唇から出てきた言葉がこれ。
「…じゃあ、とりあえず、いいですよ。側にいても」
そうかい!
俺は肩をそびやかした。これくらいでいちいち挫けてられるか。菜摘の側にいるって結局こういうことだってわかってるよ。
「許可下さってありがとう。側にいさせて頂きます」
「うん。よかったね」
生真面目な顔で相槌を打つ菜摘。こ憎らしいなぁ。可愛いけど。
俺は立ち上がり、菜摘にも手で立つよう促した。
「じゃあ、とにかく家に帰ろう。そのままじゃ風邪引くよ。風呂に入ってあったかくして早く寝ろ。そしたら元気も出てくるだろ」
「そうだね。ありがとう」
素直に立ち上がり、頭の上に載っていたタオルに気づき軽く拭いてバッグに戻す。それから言わずもがなの台詞を付け加える。
「お風呂のときは側にいなくて大丈夫だからね」
「…当たり前だろ!」
変なこと言うな、わざわざ。
「雨まだ降ってるね。どうする?」
「さっきよりは雨脚弱まってきたから。むしろ今のうち行くぞ、気合いで」
軽口が出てくるようになり、すっかりいつもの調子に戻った気がする。でも、走るように促す時、彼女の背中や肩に触れられない自分に気づいた。今までのように気軽には近寄れない。
笑って言葉を交わしながら、やっぱり考えてしまう。『汚れてる』ってどういうことだったんだろう。結局その意味はよくわからないままだった。
菜摘が『ある』って信じ込んでいる汚れを、俺が取り除いてきれいにしてあげられたらいいのに。そんな方法はないのかな。
それとも、俺なんかにはそんな複雑なこと、手に余るのかなぁ。 童貞だし。
…はぁ。
「藤川、それ。…金属」
「え?」
最初のコメントを投稿しよう!