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フルフルと震え出す身体。
呼吸が自分の意志とは関係なく増え始める。
綺麗な診察室だ。
床はよく磨かれていて傷ひとつない。
柔らかなクリーム色と、清潔感のある白い部屋に
いつもより多く飛ぶ黒い点や線。
飛蚊と言われるものらしい。
「おい、松本、患者をビビらせてどうするんだ」
「まだ居たのか、禅」
「ああ、薬、もらい忘れた」
先生が私の目の前から立ち上がった。
「大丈夫?」
優しく掛けられた声に涙の腺が膨らんだ。
バタバタと溢れては流れる涙はちゃんと両方の目から落ちるのに、目を開けても欠けた視野はそのままで、飛び続ける黒い塊もそのまま。
「大丈夫だよ、大丈夫」
不意に頭が緩く沈む。
頭を撫でられるなんて久しぶり。
子供の頃、両親にしてもらった記憶が微かにあるだけだった。
「何、泣かせてんだ」
「お前のせいだろ、松本」
院長が戻ってきてまた目の前に腰を下ろす。
「早急にオペだな」
「だから、もっと優しく言えないのか」
「キミ、明日から休める?」
なんだか訳の分からない事になっていて
オペとか休みとか失明とか……
天変地異と世界の終末が一気にやって来たと言っても過言ではないぐらいだ。
「ご主人いる?結婚してなければ、ご両親に来てもらって直ぐに状況説明出来ると……早くて、明後日オペ入れられる」
「わたしっ、誰も身寄りが……」
エイリアンまで来襲してしまった気分だ。
ヒィヒィと息遣いがさらにおかしさを増し、ショックに伴う過呼吸まで勃発。
今、考えたらあの時こんな風になっていなければ
禅と仲良くなれなかった。
だから、松本先生には感謝してもしきれないといえばしきれない。
結局身寄りがなかった私の同意書は松本先生がサインをして、そこに居合わせただけの禅が入院中の面倒を見てくれるという、異例の事態に落ち着いた。
私には有り難いという他なかったんだ。
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