一生、契約。

6/13
1570人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
もうあれから1年も経ったんだな、と思い返す。 「どうした?」 「いえ」 松本先生がネクタイを締めた。 「ああ、そうだ、左目、ヘルペスが出てるから 新しい薬にしとくか」 「ヘルペス……」 普通なら網膜剥離は剥がれ落ちた部分をうまく元通りにすることが出来るんだそう。 だけど、私は出来なかった。 網膜が、剥がれてクチャクチャに丸められたようになっていたらしい。 いくらガスで膨らましてみても ダメだった。 入院中はいつも、チカチカと暗闇に星が飛んだようになっていて、おまけにずっと俯いてベッドで座っていた。 だから、禅がお見舞いに来てくれても、ほとんど顔を合わせた事がない。 だけど、彼を好きになった。 でも。 でもね? 私の想いには答えてはくれない禅には ちゃんと理由があった。 禅は、日本で二番目に構成員の多い 指定暴力団の若様だったから。 もう、決められた相手がいるのも もう、決められた人生を歩いていくのも 私なんかが邪魔になるのも当たり前。 邪魔になるんじゃない、穴になるんだと言われた。 好きで 好きになって 好きになりすぎて 何度もフラれたけど しつこいくらいに、フラれたけど。 「ほら、帰るよ?」 「はい」 床の掃除を終えた私を呼んで、戸締まりをする松本先生の背中を見つめる。 「忘れ物は?」 「ありません」 「ん、首、取らないの?」 碧の瞳を細めて微笑みながら自分の首を人差し指でノックする。 「ああ!忘れてた!」 「そこ忘れるなんて、おかしいだろ」 慌てて外そうとしてもたつく指先、それが松本先生の手に変わる。 「俺は構わないけど? 夫婦がこんなな仲良しプレイをしてるだなんて 微笑ましい限りじゃないか」 「は、恥ずかしい……」 「可愛い仔だな、美果は」 しどろもどろの私の手つきとは違い、難なくベルトを外すとそれを目の前にぶら下げた。 「禅と使いなさい」 にっこりと笑って車を取りに行く。 禅は、こんな事しないもん。 私は掌に乗せられたそれをキュと握りしめ 鞄の中へ押し込んだ。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!