一生、契約。

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その夜、病院の2階に書類を置き忘れた事に気付いたのは偶然。 「ああ、洗面台の下だぁ」 出てくる時に目薬をさして、荷物を置いたそのあと取り忘れたんだ…… 壁にかかった時計を見上げて11時前だということに、よし、と気合いを入れる。 11時を基準にしているのは何故だか分からないけど。 「松本先生」 先生の部屋の扉をノックした。 返事がない事はたまにある。 早くに休んでしまう事もあるから、2度目は控えておく。 部屋着にロングのダウンを羽織り、眼鏡をかけてマンションを飛び出した。 タクシーなんて贅沢だけど、仕方がない。 病院までは20分くらいの距離。 キーケースを広げてちゃんと病院の合鍵がかかっている事に安心した。 これで鍵忘れてきたらバカだもんね。 支払いを済ませてから後悔した。 「やっぱりタクシーは贅沢だわ」 お財布の中を確認して帰りはちょっと先で乗り込もうかな、とセコい考えを持つ。 夜、病院へ来るなんて初めてだ。 昼間見る感じとは違ってなんとくミステリアス。 サラリーマンの街はまだまだ眠ってはいなかった。 近くの立呑屋はたくさんのスーツ姿のお兄さん達で賑わっていた。 ガラス張りの窓が結露していて 中の活気が見てとれる。 楽しそうだと、横目にしながら 入り口の鍵を開けた。 すぐ右手に24時間セキュリティーパネルがあってこれを1分以内に解除しないと屈強な兄ちゃんがやってくる、と松本先生が言ってた。 「あれ?」 グリーンのランプが灯っている。 解除、というところにランプが点灯していた。 松本先生がロックを忘れるなんて。 不思議に思って 小さな明かりとりを頼りに診察室の奥の階段を上がった。 ドアが開いた隙間から漏れている一筋の光を見た瞬間 来なければよかった、と ただ、そう思った。
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