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ある時、大先生のお弟子さんが間違って離れに近づいてしまいました。
その頃にはもう、離れで行われていることは、お弟子さんの間でもタブーとされていました。
その方も、気づいて立ち去ろうとしました。
ところが、女性の悲鳴が聞こえたものですから、たちすくんでしまいました。
離れから転げ出してきた女性は、胸を押さえていました。
髪は乱れ、ネバネバとしたものがついています。
ぎゃあぎゃあと叫んですがり付いてきました。
「どうなさったのですか!?」
「若先生が、ハサミで」
近づいた時の臭いが、血だと告げていました。
はだけたブラウスから白い乳房がこぼれ、その先に、染みが、今も広がっています。
「乳首を、ハサミで、」
ひい、と声になったかどうか。
身を引くと、女性はよたよたと、母屋の方へ泳ぐように手を突き出して進もうとしています。
開いたままの離れに目をやると、
若先生が、にやあっと口の両端を吊り上げました。花鋏を見せつけるように舐めました。
震え上がって、母屋の大先生のところへ行くと、先程の女性の手当てを奥様がされていました。
「わたし妊娠したの。」
「わたし妊娠したの。」
「わたし、若先生と結婚するの。だからもうこんな事やめて他の人を追い出してっていったら、」
そんなことを叫びながら、合間にうふうふと笑いながら手足を動かすその人は
到底、普通の状態とは思えませんでした。
痛みを感じないような薬でしょうか。
胸の染みがどんどん大きくなり、
往診のお医者様が首を横に振りました。
全身に、古いものや新しいもの、幾つもの酷い傷があったそうです。
「妊娠は 嘘でしょう。
しかし、そう思わなければ耐えられないような、ひどい痕がありますよ。きっと彼女は精神のほうに……後遺症が」
彼女を保護して今後のことを決めると大先生は沈痛な面持ちでおっしゃいました。
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