バーニング

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俺は辛うじて左手を動かし、「それ」を取り出す為に、カバンの中に手を入れて……。 「おい」 目の前の男が、低く声を上げた。 「ごそごそするなよ。迷惑だろうが」 な……。 気づくと、周囲の目が上から俺を睨んでいる。 いや。 なんとでも言え。今のうちだ。 俺は無視して、カバンの中に差し入れた手を更に奥へと。 が、周りの悪意が自らの体を俺の腕に強く押し付けて、それをブロックする。 「どういうつもりだ。ふざけんなよ、あんた」 「みんな動けないの我慢してるんだよ、迷惑かけるなよ!」 ガサガサガサ。 「シネ、シネ、シネ、……シネ!」 俺の手は、強制的に肉塊どもに押さえつけられて全く動かなくなった。 いや違う。苛立ちと敵意に満ちた意識体に囲まれて、体が硬直してしまったのだ。 くそっ。 くそっ、くそっ、くそっ。 この瞬間を待っていた。 20年もこのクソ電車に乗り続けて乗り続けて、やっと迎えたこの日なのに。 だが、やっぱり何もできやしないのか。 もう限界だ。 限界、限界、限界、限界、限界……。 うあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ シネ。 あたま のなかで ばちん と おとがした 全身の力が抜けて。 ゆっくりと頭をもたげて。 意識を、天井の扇風機に集中させる。 ゆっくりと規則的に向きを変え続ける、か細き扇風機。 シネ。 想像する。 そうだ、想像しろ。 ばこん 音を立てて根元から外れた扇風機。 まるでドローンがコマンドを待つように、その場でホバリングを始めた。 そうだ。 それでいい。 そのまま、ゆっくり降下しろ。 意思を持った扇風機は、ちっぽけな羽虫から、みるみるうちに、獰猛で強靭なドラゴンへとその姿態を変える。 すばやく横へと移動し、吊り革を握った人々の手を次々と羽根で切り刻み始めた。 つんざくような悲鳴。 宙を舞う何本もの指や手首。 そして飛び散る血潮。
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