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たちまち電車の中はパニックに襲われた。
縦横無尽に飛び回る扇風機を、唖然と見つめるもの。
失われた自分の手先を、驚愕の目で見つめるもの。
周りを人で遮られていて、何が起きているか分からず、ただその場の恐怖に同調するもの。
悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴、悲鳴。
悲鳴の連鎖。
だが、逃げ場などない。
この車両に隙間は、これっぽっちも残されていない。
扇風機は、高速で車両の端から端まで巡り、一通り最初の目的を達した後。
吊り広告を細切れに破りながらホバリングして、次の俺の指示を待つ。
そう、次は更なる恐怖だ。
誰かの髪の毛が、まるで巨大なハサミで散髪でもしているかのごとく、派手に空に舞い散る。
次の瞬間、小さな肉片とともに大量の血が辺りに降り注いだ。
ガガガガガガガガガ
まるで踊るようにその男は小刻みに体を揺らすと、殆ど原型を留めていない頭部をだらりと垂らしながら、隣りの男にしなだれかかる。
絶叫する隣りの男にもドラゴンは襲いかかり、すっぱりとその首を掻き切る。
そして、そして。
肉塊の集合体は、細切れミンチの肉塊へと姿を変えて行く。
勢い良く四方八方に放たれた血飛沫は、天井、窓、隙間無く至る所に叩き付けられて。
大音量で車内に流れていた絶叫のオーケストラは、まるで演奏者がひとりずつ演奏を止めるように、次第にそのボリュームを下げていった。
そして、指揮者である俺は。
今、歓喜のただ中にいる。
◇◇◇◇◇◇◇
8月○日7時30分頃、○○線急行電車4号車両内において、乗客382名が全身を切り刻まれた状態で死体となって発見された。
ただひとり、無傷で生還した中年の男は、手に刃渡り30センチの肉切り包丁を握りしめていた。
警察は重要参考人として男から事情を聞いているが、当時乗車率250%を越え身動きができない程の満員状態において、男が走行中である車両の乗客全員を殺害することは不可能に等しく、慎重に捜査を進めている。
なお、この男は先月会社を解雇され、現在は無職だったという。
これは、過去前例のない不可解かつ未曾有の惨事である。
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