残されたもの

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「いろんな話をしてたつもりだったのに、考えてみれば彼女の友たちの連絡先などもろくろく知らなくてね」 グラスを受け取りながら、檜山さんが続けた。 「何か居場所のヒントになるようなことはないかと記憶をひっかきまわしたんですがね。もう自分を殴りたくなるくらい、何も出てこなかった。……俺はいったい彼女の何を見てきたんだろう、って」 「まったく何も? 」 「ひとりだけ一緒に食事した彼女の友達の勤め先を思い出して連絡しましたが、その子ももう転職していました」 ーーーーーーー ーーーーー 棚という棚。 引き出しという引き出し。 事情を知らない人が見たら泥棒でも入ったのかと思うくらい、開けられるものは開け、引っ張り出せるものは引っ張り出して調べた。 居場所のヒントになるようなものが、どこかに何か残されていないか。 電話に残された彼女の自分宛のメッセージ。 冷蔵庫に貼られた買い物や覚書のメモ。 部屋の隅に積んである広告やダイレクトメールの紙類。 何か、何か痕跡は。 何かヒントは。 …………何も見つけられなかった。
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