残されたもの

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ーーーーーーー ーーーーー 「あち」 にんじんを切っていて指先を切った。 「絆創膏はどこだ? 」 電球と同じだ。 どこにあるかわからない。 整理はまかせっぱなしだったからなあ。 「あった」 探し回った挙句、ダイニングの食器棚の下の扉の中に救急箱を見つけた。 「こんなものの存在もわかってないようじゃ、“救急” に使えないな」 我ながらため息が出てくる。 だがもっと重大な問題があった。 片手だけでバンドエイドを指に貼るのは意外に難しいのだ。 「くっそ」 焦れば焦るほどうまくいかず、傷がいっそう痛み出す。 「ちょっとじっとしてて」 ふと、そういう声が耳元で聞こえた気がした。 ぽた。 傷の手当を終えた手の平に、雫が落ちた。 ーーーーー ーーーーーーー 「確かに片手じゃ貼りにくくて辛いですよね」 カウンターを上から照らすライトに、自分の手を透かして見てみる。 「いやそういうことじゃないんだ」 「は? 」 「一緒に暮らしてた頃、腰を痛めて毎晩湿布を貼っててもらったことがあったんだよ」 「ああ、確かに腰も自分じゃ貼れませんよね」 「毎晩、毎晩。俺が深夜過ぎに帰ってきた時も、起きてきて貼ってくれた」 檜山さんは悲しげに笑った。 「なのに俺はろくに “ありがとう” も言わなかったんだ」 「え」 「心の中では言ってたさ。それで通じている気になっていたんだ…………後から思えばね」
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