残されたもの

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ーーーーー ーーーーーーー 「彼女が出てって2週間も過ぎると着替えも完全にそこをついてね、初めて洗濯機というものをまわしてみたんだ」 「初めて? 」 僕だってそれくらいは使えるのに? 「ああ。買った時に教えてもらった記憶はあるんだが、やらないでいるうちに忘れてしまったんだよ。どこに洗剤をいれるんだろうとか、どうやってもわからなくて嫁いで関西に住んでいる姉に電話して聞いた」 「よく電話されるんですか? 」 「いや、1年ぶりくらいかな。だから驚いてね。香奈はどうしたんだって」 「で? 」 「出て行ったって言ったら、 “大事にしてあげないからよ! ” ってめちゃくちゃに怒られた。こちらはもうすでに参っているのに。電話を切りたくなったよ」 思い出したのか、はは、と苦笑いをこぼしながら彼は言った。 でもお姉さんは次の週末にやってきて、必要なものの買出しに付き合ってくれたそうだ。 『香奈ちゃんは女の私から見てもよく気がつく子だったからね。あんた、バカよ』 今更それを言われても、と檜山さんは苦笑するしかなかったそうだ。 けれど今はもう全てを自分でやるしかない。 姉に頭を下げて、ゴミの出し方とか税金のためのレシートのまとめ方とか町内会関係のこととか、こまごまとしたことを学んでいった。 「その時に理解したんだ。家を運営していくっていうのは、プロジェクトを運営するのと同じなんだ。財政から法的なことから近所や修理屋とどう付き合うかの人事的なことまで、大変さも複雑さもほとんど変わらないんだ、ってね」 それを俺は当然のように香奈に丸投げしていたんだよ、と彼は肩をすくめながらまたグラスに手を伸ばした。
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