残されたもの

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ーーーーーーー ーーーーー 脱水した洗濯ものを干そうとベランダに続くドアを開けた。 考えてみたらここを開けるのは香奈を失って以来、つまりもう2週間以上たっていることになる。 いやそれ以前には3ヶ月も仕事で家にいなかったんだから、もう4ヶ月近くか。 「あれは何だ? 」 最近独り言が増えたな、と苦笑いしながらベランダの隅に置いてある白くて長い箱に近づいてみる。 それはプランターに植えてある色とりどりのパンジーだった。 ああ、そういえば香奈はここで花を育てるのが好きだったな。 花屋に勤めているのに、家に帰ってまで花の世話をしたいものなのかと思ったっけ。 9月に南米に行く前に、彼女がここに花を植えているのを思い出した。 『今度は何植えてんだ? 』 『パンジーよ。冬の寒さに耐えられる、数少ない花なのよ』 『へぇ』 『大雪の下に閉じ込められても生き延びる、強い花なのよ』 独り言のように香奈は続けた。今思えば、まるで自分に言い聞かせるように。 『パンジーの花言葉、知ってる? 』 こちらを見た香奈が突然聞いてきた。 『知らんな』  女ってのは花言葉とか好きだよなと思いつつ、一応フォローしてみる。 『何なんだい? 』 『自分で調べてみて? 』 何なんだよ、教えてくれたっていいじゃないかとその時は思いながらも、その会話のことはその後すっかり忘れていた。 いくつかはすでに枯れかけていたが、いくつかはまだ救えそうだ。 パソコンで調べてみて、花屋に行って液体肥料を買い求めて与えてみたり、天気のいい日は陽のあたるところにプランターをずらしたりしてみた。 助かってくれるだろうか。
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