残されたもの

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「だけどそのうち一緒にいることが居心地よくなってしまって。また香奈が先回りして気がつくタイプだったから、俺があまり気を回さなくてもなんとかなることも多くて」 彼はまた視線をどこか前の方に戻した。 「あいつももう30になるんだし、ちゃんとしなくちゃなとは思ってはいた。実はこっそり指輪を見に行ったことすらあったんだ」 えっ、と思って彼の方を見る。そこまで考えていたのに、なぜ。 「でも俺が当時手がけていた仕事は、関係者同士の確執とか担当役所の汚職とか、次々と問題だらけでね。この山が終わったら将来のことを話そう、いや今はちょっと無理だ、もう少し待ってもらおう、と何度も思っている間に」 ――― 結局は甘えてたんだ。香奈に。 くしゃ、と彼の手の中のコースターが潰された。 「あの日、」 彼の手からくしゃくしゃになったコースターがカサッと乾いた音を立てて滑り落ちた。 「あの日、そこらじゅうの引き出しが引っ張り出された空き巣の入ったみたいな部屋で、写真を手にしばらく動けなかったよ」 ――― ああ、これが香奈の出した結論なんだ、とね。
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