残されたもの

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黙り込んでしまった檜山さんを横に、僕はどう答えていいものかわからなくなってしまった。 何をいっても適切でないような気がして。 別れたのはもう12年も前だと、確か最初に言っていたよな。 それなのに彼の中では、まだその傷跡は癒えていないんだろうか。 「悪かったね。なんか辛気臭い話をしてしまった。かなり酔ってしまったようだ」 顔を上げると、彼は深いため息をひとつ吐いた。 「いいえ。で、それから彼女とは会ってないんですか? 」 「うん。その数ヵ月後、俺がまとめてきたプロジェクトが本格的に動き出して、それを総括する人が現地サイドで必要になった。それに手を挙げたんだ」 ええっ!? 「どうしてですか」 「アパートにも、住んでいた町にも思い出が多すぎてね。逃げ出したかったというのもある」 情けないだろ、と檜山さんはつぶやくように言った。 仕事では相手政府から何度も表彰されるくらいの功績を残している彼が…………。 たったひとりの女性の心を掴めなかっただなんて。 「それから現地でプロジェクトを渡り歩いて、結局次に日本に戻ってきたのは8年後。今から4年前なんだよ」 日本は8年の間にずいぶん変わっていたなあ、と笑いながら彼は水の入ったグラスを口にした。
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