残されたもの

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ーーーーーーー ーーーーー 海に一番近い駅で降りて海岸へ向かった。 まだ冬の始めの雪もあまりない穏やかな曇り空の午後だった。 寄せる波の砕けるしぶきの激しさが、見慣れた太平洋の海とは違う趣を見せていた。 香奈はこの風景を見て育ったんだな。 もしかしたらここにも来たかもしれない。 ほとんど人もいない砂の上を踏みしめるように歩いた。 波の砕ける音と足の下で潰される砂の音。 その規則的で単調な音が絡み合って一人冬の海辺を歩く自分にまとわりつき、灰色の風景をさらに寂しげなものに感じさせた。 海から離れて道に戻ると、モノトーンな風景の中に突然、色鮮やかな黄や紫の帯が現れて道端で風に揺れているのが見えた。 あれはなんだろう。 近寄ってみるとそれはたくさんのパンジーの花だった。 このあたりの人たちが育てているのだろうか。 「綺麗ですよね 」 話しかけられて、驚いて振り返った。 別れたころの香奈の年齢に近い女性が、買い物袋を手にして立っていた。 「パンジーは寒い冬も持ちこたえる数少ない花ですよね」 花の方に視線を投げながらその人は言った。
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