遅咲きのパンジー

9/10
前へ
/47ページ
次へ
「種じゃ、いや。花を、見たいの」 嗚咽と共に途切れ途切れに零れ落ちる言葉。 「香奈……」 「た、つ、のそばで、」 「香奈……!? 」 「たつ、と、いっしょに、」 「香奈、まさか」 檜山さんの目が見開かれていく。 「育て、たいの、」 「本気で言ってるのか? 」 彼の声に、香奈さんは顔を覆ったままうなづいた。 「香奈、顔を見せて。俺の目を見て」 「や、酷い顔だから」 「いいから」 さらに一歩近づいた檜山さんが、手を伸ばして顔を覆っていた彼女の手をゆっくりと外した。 「香奈、」 涙があふれては伝い落ちる彼女の瞳をまっすぐに見つめながら、ゆっくりと彼は言葉をつないだ。 「あの国は暑いから、パンジーはさすがに無理だ」 香奈さんが少し笑ったように見えた。 「だけど俺のそばで他の花を育ててくれるか? 」 「……うん」 「本当に?  それとも少し考えてみてから、」 言いかけた檜山さんの言葉を、細いけれどしっかりした声が遮った。 「いいの、もうここに来るまでにたくさん考えた。達のそばで花を育てたいの!  」 その芯の通った強い響きに、檜山さんが息を飲んだのがわかった。 「……ずっとだぞ?」 「うん」 檜山さんは一瞬ぎゅっと両目をつぶると、離れて見ていてもそうとわかるくらい大きく息を吐いた。 そして目を開けて最後の一歩を歩み出ると、香奈さんをぐぃっと引き寄せて強く抱きしめた。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

127人が本棚に入れています
本棚に追加