残されたもの

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「あれはそう、来年の干支が申年だから、ちょうどもう12年も前になるんですね」 ワイングラスをことりとカウンターに置くと、檜山さんは視線を遠くに投げたまま話し始めた。 ーーーーーーー ーーーーー スーツケースを乗せたカートを押して出迎えの人で込み合う出口まで来ると、人々の服装がすっかり冬模様になっていた。 「さびっ」 コートを持ってこなかったことを後悔した。無理もない。日本を出た時はまだ9月半ばだったんだ。 しかも一昨日まで赤道に近い国で仕事してたんだから、えらいギャップだ。 久しぶりに車窓から見る東京の街は曇り空のせいもあってか、いつも以上に雑然として見えた。 くすんだ小屋のような建物しかないところから戻ってきたのだから、余計にそう見えるのかもしれない。 「ねー、やっぱイブはライトアップを見にいこうよぉー」 「やだよ混むじゃん」 向かいの席に座るカップルの会話で、クリスマスが近いことを今更のように思い出した。 『 達、クリスマスまでには帰ってこれるの? 』 『たぶんな』 『たぶんな、ってなにそれ』 『なにそれって、もう話しただろ。今度の会議でようやく関係者が全員テーブルにつくんだ。このプロジェクトがうまくいくかどうか、今瀬戸際なんだよ』 関係者の合意を取り付けることで難航を極めてきたこのプロジェクト。 それがまさに今動き出そうとしていることをお前には話したはずなのに。聞いてなかったのか? 香奈からは返事がなかった。洗面所に行ったらしい。そういや掃除をしなきゃとかなんとか言ってたな。
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