残されたもの

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花屋に勤める香奈との同棲はもう6年目に入っていた。 俺が関わるような開発プロジェクトは、計画から交渉、実行に至るまで、何度も現地に飛んで関係者と話し合いを持たなければならない。 ネットなど通信技術が発達したとはいえ、途上国でパソコンにアクセスできるのは限られた層だけだ。 それに、どんなに技術が発達しても、顔を見合わせての話し合いに勝るものはないと俺は経験上実感している。 1年のうち半分近くも家にいない自分と違い、ほとんど留守にすることのない香奈に家事だとか近所関係だとかを俺はすっかり任せきっていた。 ーーーーー ーーーーーーー 「そんなに長期間向こうにいなきゃいけないのなら、結婚して現地に赴任とか考えなかったんですか」 「考えましたよ。まわりからも薦められた。でも、」 檜山さんはワイングラスについた水滴をつぃ、と指で拭き取った。 「香奈は海外までは、ましてやそんな不便な途上国にはついてこれないと思っていたから。田舎に病気の母親がいたんですよ」 「そうなんですか……。単身赴任とかは? 」 「それはしたくなかった」 短い答えだった。 「でも、留守の間、連絡は取れていたんですよね? 」 檜山さんは 「私は、そのつもりでした」 とつぶやくように言った。 
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