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――
―
――その夜。わたしを眠りから目覚めさせたのは、煙草のにおいだった。
どこからともなく漂ってきたそれは、両手をどんなにばたつかせても、わたしにまとわりついて、離れてくれない。
ベッドの上で状態を起こして、特に意味があるでもなく、きょろきょろと目を動かしてみる。そのまま、口をパジャマの袖で覆う。
……苦しい。むせ返って、せきをした。
「……」
それにしても、どういう事なのだろう。
当たり前だけれど、病院内は全面禁煙のはずだ。患者はもちろん、医師の人が近くで喫煙しているとは考えにくい。
いったい、どこから……耳を澄ますと、微かに、風の音が聴こえた。
そうか、と納得する。どうやらわたしは、窓を開けっ放しにして眠ってしまっていたらしい。
この病室は2階で、そのすぐ下には駐車場がある。きっと、誰かがそこで煙草を吸っているのだろう。
目をこすって、ベッドからするりと抜け出す。立ち上がって窓に手をかける。
――と、その時。
外から、『わたしの知っている声』が聴こえた。
――ユウの、声。
ユウが煙草を吸うという話は、今まで聞いた事がない。
そもそも、駐車場で、しかも独りで、ぶつぶつ つぶやいているとも思えない。
多分、誰かと話をしているのだ。
――……と……だから……
そのうち、ユウとは別の、男の人の声が聴こえてきた。やっぱり、何か会話をしているみたいだ。
ただ、何を話しているのか……うまく、聞き取れない。
――今、何時だろう。それなりに遅い時間のはずだけれど、そんな時間に、いったい誰と、何を話しているのだろうか。
「……」
盗み聞きなんて、よくない――そう思いつつも、わたしは少しだけ、窓から顔を出した。顔を出したところで、少なくとも『見られる』心配はない。
息を潜めて、耳をそばだてる。その会話が、わたしの耳まではっきりと届いた。
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