・人は透明人間に憧れる

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わたしの1日は、ラジオの電源を入れるところから始まる。 まだ半分眠っているような状態の中、手探りで枕元に置いてある小さなラジオのスイッチを入れると、楽しいトークやごきげんなBGMが耳の奥に わっと入り込んできて、ようやく目が覚めるのだ。 それはまるで、止まっていた全身の血液がいっきに流れ始めるような感覚で――『今日もわたしは生きている』と実感する事が出来る。 だからこの瞬間が、わたしはとても、好きだった。 ――♪キミが世界中どこにいたとしても どこに行ってしまったとしても ボクは必ず、キミの事を見つけ出してみせるよ……Wow…… 目をぎゅっとつむって、んーっと、大きく伸びをする。 その反動で頭が壁に当たり、さする。 ベッドから降りて窓を開けると、外からあたたかい日差しと、心地好い風が流れ込んできた。 す、と空気を吸い込む。 あまくてやさしい、春のにおいがした。 『……はーい! お聴きしていただいたのはスーパーピープルズの最新曲、『アイ ラヴ ユー!!』でした! ではここでいったんCMを挟みますが、DJトミーのグルグルサタデーミュージック、まだまだ続k』 ……突然、ぷつんとラジオの音が消えたので、わたしは思わず「えっ」と言ってしまう。 もしかしてとうとう壊れてしまったのか、とも思ったのだけれど、どうやらそうではないらしい。 振り返ってみると、ベッドの近くから、がたがたという物音が聴こえた。 ……『見えない』。 けれど、その足音から、『誰』であるのかは容易に想像する事が出来る。 というより、勝手に病室に入ってきて、なおかつ勝手にラジオの電源を切ってしまうような性格の悪いヒトは、この病院でひとりしかいない。 わたしは唇を尖らせながらベッドの上に戻って、鼻を鳴らした。 するとそのヒトは、いつもの抑揚のない淡泊な声調で、「ケンオンだ」とだけ言ってくる。悪びれた素振りなど、いっさい感じられない。 わたしは渡された体温計をわきの下に挟みながら、たいして意味があるわけでもないのだけれど、べ、と舌を出した。 ナミカワ ユウ、26歳。 わたしより10歳年上のユウは、5年ほど前から担当になった、わたしの主治医だ。
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