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「センセイ。わたし、今すごくいい気分でラジオを聴いてたんですよね」
「ああ」
「なのに、どこかの誰かが勝手にラジオを消したから、朝から最悪の気分になりました」
思い切り、イヤミたらしい口調で言ってみる。
しかしユウはそれに動じる事もなく、「そうか」と短く答えた。
すぐ傍から、かちゃかちゃという乾いた音が聴こえてくる。――注射器の音だ。多分採血の準備をしているのだろう。
ぼんやり右腕を伸ばすと、丁寧にアルコールを塗られた。
「あのな。何度も言っているが、この病院に入院している患者は、おまえひとりじゃない。
ラジオを聴くのはかまわないが、音は少し下げておけ」
「だからって、勝手に消します?」
「大声を出すな。おまえの声は脳に響く。……寝不足の時は、特に」
「ヤブ医者でも、徹夜する事なんてあるんですねー」
ユウは返事をしてくれなかった。
体温計が鳴ったので、突き出すように渡す。カルテに数字を記入しているのか、紙とペンが擦れる音が聴こえてくる。
今朝の体調はどうだ、と訊いてくるので、センセイのせいで最悪ですよ、と返した。
採血が終わったところで、わたしはまた、
ラジオをつけた。――同時に、こつ、こつ、という、足音。
病室を出ていこうとするユウに、「あ」と声をかけた。
「どうした」
「えっと。今日、センセイ、時間あります?」
その質問にどんな意図があるのか、ユウはすぐに察したようだった。
察した上で、「ない」と即答してくる。
俺が担当している患者はおまえだけじゃない。おまえの相手ばかりしてる暇はないんだ、と。
「じゃあ、明日とかは」
食い下がって、訊ねる。「確か明日の日曜は、センセイ休みですよね?」
わたしの言葉に、ユウは大きくため息を吐いた。
「……おまえ、それは俺に『わたしのために休日返上してくれ』って言ってるのか」
わたしは黙って、下を向いた。
どうしようと考えているのか、あるいは面倒くさいと思っているのか……ユウは立ち止まったまま、動かない。
――そして。
「気が向いたらな」
そう小さく言うと、ユウはやっと、病室から出ていった。
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