・人は透明人間に憧れる

4/6
前へ
/17ページ
次へ
―― ― ――『先天性透明症』。 それが、わたしが患っている病気の名前だ。 これは前に母から聞いた話だけれど、今から十数年前、わたしがおぎゃあと産声を上げた時、その身体はもうすでに、『透けていた』らしい。 そんなわたしの姿を見て、母は、父は、どんな事を思ったのだろう。どんな気持ちだったのだろう。……それを、わたしには想像する事が出来ない。 ただ、6歳になった頃には、わたしの身体は完全に『視えなく』なった。着ている服だけが宙に浮いているような状態だ。 声でも発さない限り、もはや誰なのかすら、分からない。 しかもこの病気は、それで終わらなかった。 しばらくした頃、わたしは視力も失った。 全身が透明になるという事は、当然『目』も透明になるという事。詳しい事はよく知らないけれど、そうなるとモノを視る事が出来なくなってしまうらしい。 少し前までは強い光ならなんとか感知する事が出来たのだけれど、今となってはもう、何も感じる事はない。 ――そもそも、この病気を発症するのは、かなり稀な事なんだ。 当時担当をしてくれていた病院の先生は、なぐさめるでもなく同情するでもなく、わたしに言った。 この国でも患者の数は数えるほどしかいないし、治療方や発症のメカニズムなど、未だ解明されていない部分は多い。 君には申し訳ないけれど、君の身体を、今後いろいろ調べさせてもらう事になるだろう、と。 そうして、もはや当然とでもいうように、あれだけ泣いたのに、イヤだと言ったのに、家族とは無理矢理引き離されて、この病院へと放り込まれて、わたしは今、ここにいる。 ――あれからもう、10年という月日が流れようとしている。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加